ローマには、
誰もが一度は知っている場所がある。
トレヴィの泉。
映画で見た風景。
写真で見た景色。
頭の中にある“ローマ”そのもの。
——だからこそ、現実は、違う。
修復を終えたばかりの泉の前には、
人が、溢れている。
静けさなんて、ない。
余白も、ない。
ただ、人、人、人。
それでも、
その中に、ローマはある。
肩をぶつけながら、
隙間を縫うように進み、
ようやく辿り着くその縁で、
水音だけが、変わらず流れている。
何百年も、変わらずに。
ここは、
“静かに美しい場所”ではない。
むしろ逆だ。
世界中から人を引き寄せ、
押し合いながらも、
それでもなお、成立してしまう場所。
それが、ローマだ。
古代の水道から流れ続ける水。
バロックの装飾。
そして、現代の観光の圧力。
すべてが重なり合って、
ひとつの都市の断面になっている。
コインを投げる。
願いのためか、
再訪のためか、
理由なんてどうでもいい。
その行為自体が、
この都市に触れるということだから。
ローマは、
美しさを“守る”都市ではない。
美しさを、
使い続ける都市だ。
Trevi, Roma.
人の中で、完成する場所。
