2000年前の都市を歩いていて、不思議なことに気づいた。
ポンペイは、過去を見せるための街ではない。
都市は開発される。
古い建物は壊され、新しい建物が建ち、時代に合わせて姿を変えていく。
それは進化であり、発展でもある。
でも、その一方で開発された瞬間に永遠に失われるものもある。
もしヴェスヴィオ山が噴火しなかったら。
人々は家を建て替え、道路を広げ、壁は塗り替えられ、
落書きは消されていただろう。
2000年前の日常は、2000年前のうちに消えていた。
だから皮肉なことに、ポンペイを未来へ届けたのは、
「止まったこと」だった。
私たちは未来へ何を残そうとしているのだろう。
新しい建物?便利な道路?新しい駅?
もちろん、それらは必要だけれども、
未来が知りたいのは、過去の最新技術ではない。
そこに暮らした人の笑顔や誰かを好きになった気持ち、
夢中で応援したスポーツ、何気ない日常だ。
そんな“当たり前”が、本当は一番貴重なのかもしれない。
と、ポンペイは教えてくれた。
都市は、壊れて消えるか、開発されて残るか、
その二つだけじゃない。
止まることで、未来へ残る。
それもまた、ひとつの都市の生き方なんだろう。
ポンペイは、2000年前の遺跡じゃありませんでした。
1700年の眠りから目覚めて再び始まった都市でした。
「HAVE」、“ようこそ”。が物語っていたよ。
次の2000年後へ引き継ぐ街をどんな街にするかは、私たちに委ねられている。
その旗は、誰かが掲げるものじゃない。
私たちが掲げるものだ。
完
